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岡山地方裁判所 平成10年(ワ)706号 判決

反訴原告

大前てるよ

反訴被告

福田寺戒道

(補助参加人

富士火災海上保険株式会社)

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金三二〇〇万二三〇六円及びこれに対する平成八年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

三  反訴費用は、これを三分し、その一を反訴原告の負担とし、その余を反訴被告の負担とし、補助参加費用は、これを三分し、その二を補助参加人の負担とし、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

本件は、反訴原告が、平成八年一一月三〇日岡山県英田郡作東町内の県道上で発生した交通事故により長女である訴外大前由美子(以下「訴外由美子」という。)が死亡し、訴外由美子及びその相続人である反訴原告において損害を受けたとして、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、加害車両の保有者である反訴被告に対し、損害賠償金五五五六万四八二〇円及びこれに対する事故の日である前同日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める請求である。

第二事案の概要

一  争いのない事実等(甲第八号証、第一五号証、第一七号証ないし第二〇号証、第三四号証、第五七号証、第六五号証、第七一号証、第九〇号証、第一一八号証及び第一一九号証、乙第二号証、第三号証、第七号証、第一一号証及び第四一号証並びに弁論の全趣旨によって容易に認められる事実を含む。)

1  交通事故の発生

(一) 平成八年一一月三〇日午後五時一五分ころから午後五時二三分ころまでの間に岡山県英田郡作東町豊野二九五番地先県道作東大原線上において、加害車両が反訴被告の保有する自動車であるか否かはさておき、道路を横断中であったとみられる訴外由美子(当時五六歳)が自動車によって撥ね飛ばされ、その際受けた頸椎骨折(頸髄損傷)の傷害により死亡する交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(二) 本件事故の現場は、東西に走る片側一車線からなる幅員五・五〇メートルの道路上である。各車線の両端には、〇・七五メートルの路側帯がある。本件事故が発生したのは日没(午後四時五三分)後のことであった。事故現場の制限速度は五〇キロメートル毎時である。訴外由美子は、自宅に向かう道路入り口に近い県道北側路側帯付近に仰向けに転倒した状態で発見されたが、ほとんど即死の状態であった。

(三) 反訴被告(当時七七歳)は、ワゴン型軽自動車である普通貨物自動車(以下「反訴被告車」という。)を運転し、本件事故が発生した時間帯に作東町岩辺方面から同町江見方面に向かい現場道路を通行した。なお、反訴被告車には助手席と後部座席に孫一名ずつ同乗していた。

訴外由美子は、当日事故現場近くにある倉庫前で行っていた野菜の「百円市」の片付けを終え、現場道路を隔てて右の倉庫とは反対の北側にある自宅に帰宅する途中であった。

(四) 訴外日笠一洋(以下「訴外日笠」という。)は、反訴被告車に追従して事故現場を通行したとき、反訴被告車が本件事故を引き起こすのを目撃した旨供述しているが、反訴被告は、訴外由美子を撥ね飛ばしたことはないと否認している。

2  運行供用者

反訴被告は、反訴被告車を所有し、本件事故の当時、自己の運行の用に供していた者である。

3  訴外由美子の相続関係

反訴原告は、訴外由美子の母であって、その相続人である。

4  紛争の経緯等

(一) 反訴被告は、本件事故につき、略式手続により業務上過失致死罪で有罪判決を受けたが、その後反訴原告側から轢き逃げ事故であると責任を追及されたことから、本件事故を引き起こしたことを否認し、無実であると主張するようになり、現在再審の申立てをしている。

(二) また、反訴被告は、本件事故に対する民事責任についても、当初、本件事故が反訴被告によって引き起こされたものであることは認めた上、賠償すべき損害の額を巡って反訴原告と争い、平成一〇年四月一七日、本件事故につき反訴被告の損害賠償債務が二二〇三万三二八一円を超えて存在しないことの確認を求める債務不存在確認請求事件(当庁平成一〇年(ワ)第三八五号)を提起したが、その後本件事故が反訴被告車によって引き起こされたものでないことが判明したとして、本件事故につき反訴被告の損害賠償債務が何ら存在しないことの確認を求める請求に訴えに変更し(なお、右の訴えは、平成一〇年七月一六日の本件口頭弁論期日に取り下げられた。)、反訴被告の責任原因の存在のほか、損害賠償の額を争っているものである。

二  争点

1  反訴被告が事故現場で訴外由美子に反訴被告車を衝突させて訴外由美子を死亡するに至らしめたものかどうか。

(一) 反訴原告の主張

(1) 事故現場路上で採取された灰色プラスチック片と反訴被告車右側前照灯の破損部分とが共通の材質からなるものであるだけでなく、破面が合致している、及び黄赤色プラスチック片中に反訴被告車右ウインカーレンズの破損部分とも共通の材質であって破面が合致する破片が存在する旨の内容からなる鑑定の結果は、訴外由美子の着用していたブレザーとジャージの間に黄色ガラス片が残されていたとする実況見分の結果とともに、本件事故の目撃者である訴外日笠の後記供述の信用性を裏付けるものである。右の人的及び物的証拠の存在から反訴被告車と訴外由美子が衝突したことは動かし難い事実である。

(2) 訴外日笠の供述によれば、〈1〉ドッシャという衝撃音がし、衝突の瞬間に反訴被告車の右前からガラス片等が霧を散らすように飛び散り、被害者が右前方に転がるか、滑るかして飛んでいった、〈2〉その後、訴外日笠が停止寸前まで最徐行して北側路側帯に倒れていた被害者の様子を見たが、多分死んでいると判断し、反訴被告車を追跡した、〈3〉追跡開始時は反訴被告車はまだ見えていた、〈4〉追跡しながら携帯電話で父親と連絡をとった、〈4〉松脇橋付近で反訴被告車の車両登録番号を確認し、父親にメモしてもらった、〈5〉切岩橋付近交差点からUターンして事故現場に戻った、〈6〉戻ったときは事故発生時と同じ状況であり、被害者の履物の片方が被害者近くの東行車線真ん中付近にあった、〈7〉その後通行車両や付近の人家に応援を求めた、というのであり、右の供述によって、反訴被告車が本件事故を引き起こしたことは明らかである。

(3) そのほか、反訴被告車の右前部を中心とする損傷状況と訴外由美子の受傷状況との整合性等からも、反訴被告車が本件事故を引き起こした事実は明らかである。

(二) 反訴被告の主張

(1) 反訴被告が反訴被告車を運転して事故現場の県道上を東から西に向かい時速五〇キロメートルないし六〇キロメートルの速度で進行中、同道路を南から北へ横断歩行中の訴外由美子に自車を衝突させ、右前方の北側路側帯まで撥ね飛ばしたというが、塑性物体である人体が右前方の北側路側帯まで撥ね飛ばされるためには同じ塑性物体である反訴被告車が北方向に時速約一五キロメートルの成分速度をもつ必要がある。しかしながら、反訴被告車は、東から西に向かい進行していたものであり、西方向のみの運動量を有していたのであるから、運動量保存の法則からは、北方向に時速約一五キロメートルの成分速度をもつということはありえない。また、訴外由美子が事故前北向きに走って道路を横断していたとしても、反訴被告車のフロントガラスが破損しておらず、中腰の姿勢であったとみられることからすると、時速一五キロメートル以上の速度を出すことはありえない。反訴被告車がワゴン型車体であることからすると、反訴被告車右前部が訴外由美子に衝突したとしても、反発力のない人体は、その場に倒れるはずである。したがって、本件事故は力学的にありえない事故である。

(2) 反訴被告車の車体右前面は、広い範囲に凹損しており、訴外由美子が右の部位と衝突したのであれば、訴外由美子の身体の上下にわたり損傷が生じるはずである。ところが、遺体は、頭部、頸部、手足にしか損傷がなく、頸椎骨折という死因自体疑問があるが(頸椎骨折のため即死することはありえない。)、頸椎骨折による即死というのであれば、後頭部直径三センチメートルの挫創しかないというのは不自然である。また、訴外由美子が路面に叩きつけられて即死するほどの衝撃を受けたのであれば、現場道路の転倒場所に血溜まりができるはずであるのに、存在しない。このように、反訴被告車の損傷の程度と訴外由美子の遺体の損傷状況からしても、本件事故はありえない事故である。

(3) 本件事故は、訴外日笠によって目撃されているというが、その供述は、警察、検察庁、公判廷と種々変遷していることに加え、日没後二〇分以上経過した午後五時二〇分ころの時点では、約三二メートル前方の人影が見える程度の明るさしかなかったのに、三〇メートル前方を走るワゴン車に撥ねられ、人が左から右ヘゴロゴロ転がっていくのが見えたと述べる点、訴外由美子の遺体の損傷状況からするとありえないはずであるのに、人が撥ねられて逆さになり、頭部から地面に叩き付けられたと述べる点で、不合理な内容である。のみならず、その供述によると、訴外日笠は、本件事故を目撃した後直ちに反訴被告車を追跡し、事故車両が反訴被告車であることを確認した後、現場に戻って警察官が臨場するのを待ったと述べるけれども、反訴原告は、訴外由美子よりも一足先に自宅に向かう途中、本件事故の際の衝突音らしい音を聞いて県道まで戻り、事故の有無を確認したが、何事もないように思われたため、再び自宅に向かったところ、轢き逃げだとの声を聞き、再び引き返し、事故に遭い、路上に倒れている訴外由美子を発見した、その場に居合わせた人に救急車の手配を依頼した旨述べ、事故現場に引き返したときにいたはずの人物につき何ら触れていない点で符合しない。反訴原告の供述にも種々矛盾がある。

(4) 以上のとおり、反訴被告車が訴外由美子に衝突したという事実はない。反訴被告は、本件事故後逮捕勾留され、いったんは訴外由美子を撥ねたことを認めた上、業務過失致死罪で有罪判決を受け、罰金を支払ったが、納得した上で犯行を認めたものではなく、訴外日笠の目撃証言があると捜査官に説得され、やむなく認めたものである。しかし、反訴被告車は、事故前後に人影が見えなかったことから、反訴被告車が訴外由美子を撥ねたことに疑問を持ち続けていたところ、訴外由美子の着衣からも反訴被告車の損傷部分からも訴外由美子と反訴被告車の衝突を裏付る物的証拠が発見されておらず、前記(1)の点に関する鑑定の結果本件事故が起こり得ないことが判明したため、再審無罪を主張するに至ったものである。

2  訴外由美子が反訴被告車に衝突され、死亡したものであるとしても、訴外由美子にも安全確認を怠った過失があるか否か。その過失割合はどの程度であるか。

(一) 反訴被告及び補助参加人の主張

本件事故の現場は、幅員六・九メートル(各車線部分二・七五平方メートル、各路側帯〇・七メートル)の幹線道路であるところ、訴外由美子は、衝突付近には夜間照明がなく、日没後のため見通しの悪い状況にあったのに、反訴被告車の進行状況を確認することなくその直前を横断した上、反訴被告車に向かい倒れ込んだか、路上に座っていたか、いずれかの状態で衝突したものであるから、少なくとも五割から七割の過失がある。

(二) 反訴原告の主張

反訴被告は、夕暮れ時人家の近接してある道路を走行するに当たり、いつ歩行者が横断を開始するか知れない状況の下で、飲酒した上、反訴被告車を運転し、衝突時の状況すら分からない状態で本件事故を引き起こしたものであるから、反訴被告の前方注視を怠った過失の方がはるかに大きく、訴外由美子に道路横断に当たり安全を確認しなかった過失があるとしても、その過失は二割程度にとどまる。

3  訴外由美子及び反訴原告が本件事故によって以下の損害を受けたか否か。

(一) 訴外由美子の損害

(1) 治療費 五万二四五〇円

(2) 逸失利益 二四二一万二三七〇円

訴外由美子は、事故当時五六歳の女子であり、農作業及び家事に従事するかたわら撚糸加工の内職に従事していたものであるが、本件事故に遭わなければその稼働により女子労働者の全年齢平均賃金年額三二九万四二〇〇円(平成七年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計)を五六歳の女子における平均余命二八・九〇年の二分の一に当たる一四年にわたり得ることが可能であったところ、本件事故によりこれを喪失したものであり、右逸失利益につき、生活費としてその収入の三割を減額した上、ホフマン係数一〇・五を乗じて中間利息を控除し、事故時の現価を算出するならば、二四二一万二三七〇円となるもの。

(3) 慰藉料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

反訴被告が著しく前方注視を怠った結果、訴外由美子は、事故現場で即死したものであるところ、反訴被告においては、事故当時酒気帯び運転であっただけでなく、事故発生後、訴外由美子を救護することも警察官に対し事故の発生を通報することもなく事故現場から走り去ったものであるため、訴外由美子は、本件事故によって著しい精神的苦痛を受けたものであり、右の精神的苦痛を慰藉するためのもの。

(4) 計 四四二六万四八二〇円

(二) 反訴原告の損害

(1) 葬儀費 一三〇万〇〇〇〇円

(2) 慰藉料 五〇〇万〇〇〇〇円

反訴被告においては、訴外由美子に自車を衝突させ、即死させながら「鹿か猪を撥ねたと思った」と述べるなど不合理な弁解をし、轢き逃げの事実を否認しただけでなく、事故自体についても、いったんは自分が引き起こしたことを認め、業務上過失致死罪で有罪判決を受けながら、後に態度を翻してこれを否認し、さらには、轢き逃げの容疑は晴れた旨の文書を配布するなど、反訴原告を含む訴外由美子の遺族の感情を損なう行動に出ており、反訴原告は、訴外由美子の母として、著しい精神的苦痛を受けたものであり、右の精神的苦痛を慰藉するためのもの。

(3) 弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

反訴被告が訴外由美子及び反訴原告の受けた損害の賠償に応じないために反訴原告が弁護士に対して訴訟の提起追行を委任し、報酬の支払いを約したことによるもの。

(4) 計 一一三〇万〇〇〇〇円

(三) 合計 五五五六万四八二〇円

第三争点に対する判断

一  争点1(責任原因)について

1  まず、反訴被告が本件事故につき業務上過失致死罪により有罪判決を受け、右の判決が確定していることは、反訴被告の自認するところであり、証拠によっても明白であるところ、そうであれば、右の刑事確定判決における有罪無罪の帰趨にかかわる反訴被告が本件事故を引き起こしたか否かの点に関する認定・判断は、同一の事項を争点とする本件事故による反訴被告の損害賠償責任の有無を認定・判断するに当たっても右の刑事確定判決の認定・判断につきこれを不合理であるとするに足りる事情の存在につき特段の立証のない限りその認定・判断を是認すべきものと解するのが相当であり、この点は、刑事確定判決が略式手続による場合であっても、右の略式手続が被疑者において異議がなく、かつ、略式命令に対しては正式裁判を受けることができる手続保障の下になされる裁判手続であることからすると、基本的に異なるものではないというべきである。けだし、刑事手続と民事手続とではその目的及び手続構造が異なるものではあるけれども、刑事手続における有罪判決にあってはその性格上証拠能力の制限の下に通常人であれば何人も合理的な疑いを差し挟まない程度の証明があった場合に始めて有罪認定がなされるものであり、右の証明の程度は民事裁判における証明の程度を下回るものではないからである。

2  ところで、本件事故が反訴被告車によって引き起こされたものであるか否かの認定・判断に当っては、反訴被告は、本件事故を反訴被告車によって引き起こした認識がないとするのであるから(もっとも、反訴被告は、甲第二七ないし第三二号証によると、警察及び検察庁での取調べの当初から事故のあった現場付近を走行中車体に衝撃を受けた事実は認めているのであるから、右の衝撃が本件事故の際のものであるといえるならば、本件事故の発生につき何ら認識を有しないというわけではない。)、反訴被告車と訴外由美子の衝突の事実を直接肯定するに足りる人的及び物的証拠の有無が重要であることはもちろんであるけれども、右の直接証拠が存在しない場合であっても、本件事故の態様からすると、〈1〉反訴被告車が本件事故が発生したとみられる時間帯に事故現場を通行したこと、〈2〉反訴被告車に人体と推定するに足りる物体が衝突したとみられる衝突痕があること、〈3〉右の衝突痕が本件事故前には存在しなかったものであること、がいずれも肯定することができるのであれば、本件事故の前後において他に反訴被告車にかかわる衝突事故が発生している旨の反証が存在しない限り、本件事故は反訴被告車によって引き起こされたものと推定すべきものである。

そうであるところ、右の〈1〉の点は、前記第二(一1(三))記載のとおり、反訴被告の供述(甲第二六号証ないし第三二号証、第一二〇号証)のほか、訴外日笠の供述(甲第一七号証ないし第一九号証、第六四号証及び第一一九号証、乙第七号証)によって明らかである。すなわち、反訴被告は、当日午後五時ころ、孫二人を連れて自宅を出、午後五時一五分ころから午後五時二三分ころまでの間事故現場を通行し、勝央町内にある寿司店「ビッグ」まで食事に出かけたものである(乙第二七号証)。この点に関し、訴外日笠は、反訴被告車が本件事故を引き起こしたのを目撃すると、反訴被告車を追跡して車両登録番号を確認してその父親に知らせ、同人から警察に通報されたことによって反訴被告車が本件事故のあった時間帯に事故現場を通行したことが判明していることからすると(甲第六四号証、第六七号証及び第九〇号証)、右の通行の点に関する訴外日笠の供述の信用性は極めて高いものというべきである(なお、反訴被告は、訴外日笠と訴外坂根敏和(以下「訴外坂根」という。)の供述が重要な点で齟齬するとして、訴外日笠の供述の信用性を弾劾するが、仮に訴外板根の供述(甲第一二八号証ないし第一三〇号証、第一四八号証)が全面的に信用できるものであるとしても、反訴被告車が本件事故があったとみられる時間帯に事故現場を通過したこと自体何ら否定されるべきものではない。)。また、〈2〉の点も、事故後反訴被告車を撮影した写真(甲第一三号証、第一四号証、第九三号証、第九六号証、第一三四号証ないし第一三七号証、乙第四五号証)によると、車体前面では右前照灯付近を中心にその上下において凹損するとともに、フォグランプレンズ、車幅灯・ウインカーレンズ等が破損し、また、車体右側面では右前ドアー付近を中心にかなり広い範囲で凹損するとともに、右側ドアミラーのガラスが破損していることが明らかであるところ、右の車体の損傷の部位及び形状は、衝突時の姿勢はともかく歩行中の人体とみられる物体の衝突によって生じた衝突痕であるとしても何ら不自然でないといえるものである。さらに、〈3〉の点について、反訴被告は、本件事故前から損傷が存在したと主張し、訴外酒井輝海(以下「訴外酒井」という。)及び反訴被告の供述(甲第一二〇号証及び第一二二号証)は、右主張に沿うものであるけれども、右の各供述自体、訴外酒井及び反訴被告の他の供述(甲第二八号証、第三〇号証、第九三号証及び第一〇四号証、乙第四五号証)とも異なるものであって、反訴被告が警察での取調べで事故前大きな損壊はなかったと述べているほか、前記のごとき右前照灯付近を中心とした顕著な損傷が本件事故の約一か月前から存在したのであれば当然修理されるべきところ、そのような事実がなく、事故当日も反訴被告によって檀家の法事に出かける際使用に供されていたことからすると、訴外酒井及び反訴被告の右供述は、たやすく措信することはできず、反訴被告車の前記損傷は本件事故前には存在しなかったものと認められる。以上〈1〉ないし〈3〉の事実からすると、本件事故は、反訴被告車によって引き起こされたものと推認するのが相当である。

そして、反訴被告は、事故現場付近を通行中、車体に衝撃を感じた旨供述しており、その衝撃の程度に関する供述はさておき、その真実性につき疑いを差し挟むべき事情は存しないところ、右の衝撃の原因について鹿などの動物(反訴被告車に同乗していた訴外福田大雅は、その際反訴被告が狐か狸でも当たったのであろうと述べたという。)が反訴被告車に衝突したと思ったとする反訴被告の供述以外に動物との衝突事故を裏付ける証拠はなく、反訴被告の供述も、衝突時に右の動物を目撃したというわけではないことに加え、事故当時事故現場付近で動物の死体が発見されたとの報告もなされていないことからすると(乙第三五号証)、前記推認を覆すに足りるものではないというべきである。この点に関し、訴外由美子が、道路西行車線内の中央線付近で反訴被告車右前部を衝突され、その際の衝撃により右前方の北側路側帯まで少なくとも数メートルは撥ね飛ばされたものとみられることからすると、その衝撃は相当に強いものであったといってよく、反訴被告の供述するように、狐や狸でないことはもちろんのこと、事故前又は事故後にその姿すら目撃しえない大きさの鹿・猪が衝突した程度の衝撃であったとはたやすく認め難いところであるから、反訴被告の供述の信用性には重大な疑問があるということができる。

3  以上のとおり、本件事故は、反訴被告車によって引き起こされたものと推認すべきものであるところ、本件事故の発生に関しては、後続車を運転していた訴外日笠が反訴被告車を目撃しており、その供述(甲第一七号証ないし第二〇号証、第六四号証及び第一一八号証)は、反訴被告車が本件事故の発生したとみられる時間帯に事故現場を通過したと述べる点だけでなく、反訴被告車が訴外由美子を撥ね飛ばしたところを目撃したと述べる点においても高い信用性を有するものであるといって差し支えなく(訴外日笠は、本件事故を目撃すると、反訴被告車を追跡し、その車両登録番号を確認した上父親を通じて警察に轢き逃げ事故の発生を通報する措置を講じているが、その通報どおりに、反訴被告が赴いた寿司店で本件事故との関連を疑うに足りる衝突痕のある反訴被告車が発見されているのであるから、その供述の細部はともあれ、その信用性に疑いを差し挟む余地はない。)、これに加え、本件事故の現場にはガラス破片及びプラスチック破片等が散乱していたこと(甲第九二号証及び第一一六号証、乙第四号証)、遺留されたウインカーレンズ破片と反訴被告車から採取されたウインカーレンズ破損部の破面が合致したこと(甲第二号証、第三号証、第一二三号証、第一二五号証及び第一三七号証)、反訴被告車右前面に人血とみられるものが付着していたこと(甲第四号証、第五号証)、及び訴外由美子の着衣から黄色ガラス片が発見されていること(甲第九号証)が認められ(それ自体反訴被告車と訴外由美子が衝突したことを決定的に証明するものではない。)、右の現場遺留品等の状況も勘案するならば、本件事故が反訴被告によって引き起こされたものであることは、右の人的及び物的証拠の存在からも、優に肯定することができるところである。そうすると、反訴被告は、反訴原告に対し、本件事故によって訴外由美子及び反訴原告が受けた損害につき自賠法三条の規定に基づき反訴被告車の運行供用者として損害賠償責任を免れない。

なお、反訴被告は、本件事故が反訴被告車によって引き起こされたものではないとして、前記第二(二1(二))記載のとおり、種々主張するけれども、その主張自体、反訴被告に利益な事実のみことさら強調し、不利益な事実は軽視ないしは無視するという片面的な合理性しか有しないものであり、反訴被告の主張に沿う甲第一号証を始めとする証拠は、いずれも証拠価値に乏しく、すべて採用することができない。

二  争点2(過失相殺)について

先に一で検討したところによれば、本件事故は、反訴被告が現場道路を横断中の訴外由美子に反訴被告車右前面を衝突させたことにより発生したものであるが、反訴被告は、衝突直前の訴外由美子の行動を現認していないと述べるところ、反訴被告車が現場道路を東から西に向かい時速約五〇キロメートルの速度で進行していた際に発生したものであるが、事故後、県道南側にある倉庫の前で開いていた野菜の「百円市」の片付けをするため県道北側にある自宅から同所まで出向いた訴外由美子が自宅に通じる北側道路入り口付近の県道北側路側帯に仰向けの姿勢で倒れていたことのほか、反訴被告車の右前部付近に広範囲な衝突痕と見られる痕跡が存在し、かつ、中央線付近には反訴被告車の右前フォグランプレンズ、車幅灯・ウインカーレンズ、右側ドアミラー等が破損し、ガラス破片等が散乱していたこと、訴外由美子の身長が一五一センチメートル程度であって、反訴被告車右前面の凹損が地上からの高さがおおむね一メートル前後から〇・五メートル前後にわたって凹損及び破損していることからすると、訴外由美子が帰宅のため県道を横断するに当たり反訴被告車が接近していたにもかかわらずその進行状況を確認しないまま前屈みの姿勢で横断していたものと推認することができるというべきである。

そうすると、訴外由美子も横断を開始するに当たり安全の確認を怠った点で過失を免れず、他方、反訴被告においては当時酒気を帯びて運転し、かつ、車体に衝撃を感じていながら、訴外由美子の行動につき全く分からないと述べるほど著しく前方注視を怠った重大な過失により発生したものであることからすると、その過失割合は、訴外由美子が二割、反訴被告が八割と定めるのが相当である。

三  争点3(損害額)について

1  本件事故によって訴外由美子が受けた損害額は、以下のとおりであると認める。

(一) 治療費

甲第三五号証及び第一一八号証並びに弁論の全趣旨によると、訴外由美子は、事故現場でほとんど即死状態であったものと認められるが、原医院に搬送され、救命措置が講じられ、そのために五万二四五〇円を要したことが認められる。

なお、右治療費につき反訴被告はこれを弁済した旨主張するけれども、右の弁済を証する証拠がない。

(二) 逸失利益

甲第七九号証、第八一号証ないし第八三号証、第一二一号証、乙第二三号証及び第二四号証、反訴原告本人の尋問結果によると、訴外由美子は、本件事故当時、五六歳(昭和一五年八月七日生まれ)の独身女子であって、七八歳(大正七年二月八日生まれ)になる反訴原告と同居していたものであるところ、過去に結節性硬化症、てんかん性精神病のため入院歴があり、事故当時も通院していたほか、視神経萎縮による矯正右眼〇・一、左眼〇・一(裸眼右眼〇・〇〇五、左眼〇・〇〇五)の視力障害があり、障害等級二種五級の身体障害者手帳の交付を受けていたものであるが、日常生活上他の介護を必要とせず自立しており(自宅から津山市内の病院まで一人で通院していた。)、普段は自宅で撚糸加工の内職に従事したり、週三回は事故現場に近い倉庫で内職をしながら野菜の百円市の店番をしたりするなど稼働していたことが認められるので、従事することの可能な労務の種類・性質は制約されるものの、労働能力を有していたといってよく、その程度については、右の視力障害等の状況のほか、自賠法施行令後別表後遺障害等級第六級(一号)に該当した場合の労働能力喪失率が六七パーセントとされていることを参酌するならば、その労働能力は三三パーセントとみて五六歳から六七歳までの一一年間につき右の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。そうすると、その間における訴外由美子の生活費の割合を四〇パーセントとみて、女子労働者の五五歳ないし五九歳の平均賃金三三五万九六〇〇円(平成八年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計)から右の生活費分を控除した上、労働可能年数に対応するライプニッツ係数八・三〇六四一四二二を乗じて中間利息を控除し、事故当時における現価を算出すると、五五二万五四三三円となることが計算上明らかであるので、右の金額をもって逸失利益の額と認める。

(三) 慰藉料

本件事故は、反訴被告が孫二名を連れて寿司店に出かける途中に発生した死亡事故であり、反訴被告は、当時、酒気帯びの状態にあったことに加え(甲第二一号証、乙第六号証によると、反訴被告は、寿司店に出かける前に法事を執り行った檀家で焼酎のお湯割りを飲んでおり、事故後二時間近く経過した時点でも呼気一リットルにつき〇・二二ミリグラムのアルコールが検知されていることが認められる。なお、甲第六三号証、第一〇二号証及び第一二〇号証によると、反訴被告は、事故後に飲酒したものであり、事故当時には酒気帯びの状態になかったと供述し、訴外福田寺大英もこれに符合する供述をしているが、極めて不自然な供述内容であって、到底採用することができない。)、既に七七歳の高齢であり、同乗していた孫二名が帽子取りをして遊んでおり、それに注意を奪われたこともあってか、当時曇天であり、日没後急速に視界が悪化しつつあったことから、常に前方を注視して走行すべき注意義務があったのにこれを怠り、おりから現場道路を横断中の訴外由美子に全く気づかないまま反訴被告車を衝突させただけでなく、右のごとく前方注視を全く怠るという重大な過失により訴外由美子を死亡させながら、反訴被告の供述が事実であるとするならば、自車の衝突物が何かを全く確認していないにもかかわらず、動物を撥ねたという認識しか持たず、このため訴外由美子の救護のための措置を何ら講じないまま、その後も運転を継続し、事故現場から走り去ったものであり、その注意義務違反の程度には顕著なるものがあるから、本件事故によってほとんど即死の状態での死亡を余儀なくされた訴外由美子の受けた精神的苦痛は極めて大きいものがあるといってよく、慰謝料額は二八〇〇万〇〇〇〇円をもって相当であると認める。

(四) 計

以上、訴外由美子の損害額は三三五七万七八八三円であるところ、右の損害賠償金請求権については、反訴原告がすべて相続により承継したものである。

2  弁護士費用を除く反訴原告の損害は、以下のとおりであると認める。

(一) 葬儀費

乙第一六号証及び第一七号証によると、反訴原告は、訴外由美子の葬儀(四九日忌を含む。)を執り行い、そのため一五三万一六八八円を要したほか、仏壇を購入したことにより一二六万〇〇〇〇円を要したことが認められるので、反訴原告の請求額全額一三〇万〇〇〇〇円につき本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(二) 慰藉料

反訴原告は、訴外由美子が本件事故にあった当時七八歳の老境にあったところ、長年にわたり生活を共にしてきた訴外由美子を突然の事故によって失ったものであり、とりわけ、本件事故が轢き逃げといえる態様であったことからすると、反訴原告の受けた精神的苦痛は甚大なるものがあるといってよく、慰謝料額は二〇〇万〇〇〇〇円をもって相当であると認める。

(三) 計

以上、弁護士費用を除く反訴原告の損害の額は、三三〇万〇〇〇〇円となる。

3  そうすると、反訴被告が反訴原告に対し支払うべき損害賠償金の額は三六八七万七八八三円となるところ、前記のとおり訴外由美子にも二割の過失があるので、これを減じると、二九五〇万二三〇六円となることが計算上明らかである。

4  以上のとおり、反訴被告が反訴原告に支払うべき損害額は二九五〇万二三〇六円であるところ、反訴原告は、反訴被告が任意の支払いに応じないため、弁護士に訴訟の提起追行を委任したものであり(当裁判所に顕著な事実である。)、事案の性質内容及び審理の経過等にかんがみるならば、弁護士費用は二五〇万〇〇〇〇円をもって本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

第四結論

よって、反訴原告の反訴請求は、損害賠償金三二〇〇万二三〇六円及びこれに対する本件事故の日である平成八年一一月三〇日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるので、これを認容し、その余の部分につき失当であるから、これを棄却し、訴訟費用及び補助参加費用の負担につき民事訴訟法六四条、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して(なお、訴訟費用の負担にかかる仮執行の宣言については、その必要を認めない。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉温)

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